大阪地方裁判所 昭和36年(ワ)2724号 判決
以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。
〔判決要旨〕一、判示のように、幼稚園の通園バスの運転者が左後車輪の部分に物の接触した感じを受けて停車したとき、該車輪附近で幼稚園児が俯臥して倒れ、その着衣の背部に車輪の跡がありその後、腹部損傷により死亡し、そして当時他に自動車がなかつた等の事実関係が認められるときは、右園児に直後の出血がなく、運転者が不起訴処分とされたような事情があつても、自賠法第三条の「その運行によつて他人の生命又は身体を害したとき」にあたる。
二、幼稚園の通園バスの運転者は、幼稚園児がバスを下車してからもバスに接近してバスを追いかけることが予測されるときは、右園児の行動に注意して接触しないようにバスを運行し、もつて不測の事故を未然に防止すべき義務がある。
〔判決理由〕一、請求の原因第一項の事実<被告(幼稚園経営)は幼稚園児の運送のために通園バスを使用するもの、訴外菓子田勇吉は右通園バスの運転手として被告に雇傭されているものである事実>及び原告等の次男訴外理が、昭和三五年一〇月二二日午後一時過頃、守口市金下町一丁目二七番地先路上(京阪商店街十字路上)において負傷したことは被告においてこれを認めるところである。
二、<証拠―省略>を綜合すればつぎの事実を認めることができる。
(一) 前記菓子田勇吉は、事故当日、その職務として前記理外一七、八名の幼稚園児、保育員(保母)を通園バスに乗せてこれを運転し、同日午後一時四〇分頃、前記事故の場所より約三五メートル距つた地点にて理外一、二名の幼稚園児を下車させた。
(二) 菓子田は右地点から通園バスを発車させ道路(人員が多く、巾員五、六メートル)上の進行方向左側(以下単に左側という)を時速一五キロメートルで北進したが、理は当初右バスの左側前方を、後に左側にあつて、未だ乗車中の幼稚園児と互に呼合いながらバスに接近して進んでいた。
(三) 菓子田が約三五メートル進んで、幼稚園児を下車させるため右バスを停車させようとした時、理はバスの左後車輪付近で俯臥して転倒してそのまま起上らず菓子田自身は左後車輪の部分に物が接触した感じを受けて間もなくバスを停車させた。
(四) その頃右通園バスの外に自動車はなかつた。
(五) 理は直ちに病院に運ばれたがその着衣の背中に当る部分は自動車車輪の跡をとどめていた。
(六) 理は翌二三日午後四時二〇分頃、腹部非解放性損傷(強度の腹部緊張と圧痛があつて腹腔内出血の疑があつた)によつて死亡するに至つた。
もつとも<証拠―省略>によれば運転者菓子田は右事故によつて取調べを受けたが、何等の刑事処分及び行政処分を受けず、且つ、検察審査会の審査によるも右の結果は異らなかつたこと、右事故直後理に何等の出血の見られなかつたことが認められるが、これだけの事実だけではさきの認定事実によつて少くとも理が前記通園バスの後車輪に接触して負傷し死亡するに至つたものという妨げとはならない。他に右認定に反する証拠はない。そうだとすると被告は自己の経営する幼稚園児の運送のために通園バスを運行させていたものとして他に特別の事情の認められない限り右事故によつて生じた損害を賠償する責任あるものといわなければならない(自動車損害賠償保障法第三条本文)。
三、ところで菓子田勇吉が何等の刑事処分を受けなかつた事実を以て同人が通園バスの運行に当り何等の注意を怠らなかつたものといえるか、或いは被害者以外の第三者の故意又は過失によるものといえるかどうかについて案ずるに前掲示証言を綜合すれば、右通園バスの運転席は車の右側にありながら事故当時外部フエンダーにバツクミラーもなかつたこと保育員は事故当時通園バスに乗車するようになつて未だ一月程であり、理等を下車させて後次の地点で下車する幼稚園児の整理に心を奪われて車外の状況にまで注意が届かなかつたこと、理は事故当時下車した地点より次の地点で下車する例が多かつたこと(同人の住居に近かつた)等が認められこれらの事実と前記認定中道路の状況、下車後の理と他の幼稚園児の行動とを綜合すれば運転者及び保育員は下車して後なお通園バスに接近してこれを追かけることの予測される幼稚園児のあるときはその行動に注意してこれに接触することのないように通園バスを運行して以て不測の事故を未然に防ぐべき注意義務のあることはいうまでもないところ、本件事故にあつては右注意義務が充分つくされなかつたうらみがあるものということができるのであつて、他に被告及び運転者において通園バスの運行に当り何等の注意を怠らなかつたことその他被告において本件事故の賠償責任を免れ得るような事情(自動車損害賠償保障法第三条但書)を認め得る証拠は存しない。(中村捷三)